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<作品> ~三原色~

 

家を出る朝は珍しく霧

着るものに困る

打合せは進むでもなく 退がるでもなし

Ⅰ駅の地下で迷う

久しぶりとはいえ 毎日通った道なのだが

ついでに 使うつもりのなかった路線に迷い込む

こちらでもたどり着けるはずだ

S駅

ーAH

やはり ここを通ってしまう

自分の声に驚く

訪れた静かさに応えて 別の声が聞こえた

 

カフェで若い女がミルクをこぼす

ー白い

あの日 白は似合わぬと思ったけれど口にしなかった

言うべきだったろうか

白は悲しい

冷たさより やがて焼かれるものを暗示して

白は危うい

いくつもの破綻を一時に覆い

抗えない弱さを隠す

抗えなかった人の 隠した跡は今でもわからぬ

 

路上で蜜柑を売る 若い男の威勢が良い

騙されたと思って一袋買ったけれど 罠は多分 これではない

 

帰り着いた部屋は暗い

その日 その部屋もきっと

何も映さず 過ぎた時間さえも

 

小さな灯りを灯すと テーブルに青いコップ

満たされた水に揺れる ハナミズキの実

季節から逃げ遅れた赤が 僕を待っていた

 

ある場所にいなかった言い訳でも 聞いてやろうかと

 

ラジオからは 午後4時の定点気象情報

NHK第2放送

西北西の風 風力2 曇り

予報ではなく 今の仙台なのだ

蜜柑はまだ緑で酸味が強い 近頃はワックスを塗らないので照りが弱い

 

光ならばこれで白

 

あの声がまた聞こえる

 

カレンダーを見れば 霜月二十七日

賢治が 妹トシを失くした日

 

ああ そうか

声は死なぬのか

 

 

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